話しその14
湖の向こう側に、雪化粧した山並みが望める砂浜で、朝の日課のドンとのジョギングをしている時、中学生位の男の子が、日溜まりの砂浜に座って、ぼんやりとしていた。
一日、「コンテッサ号」の中の整理と、琵琶湖の写真を撮ったりして、夕方、天気が良いので、夕日を見ながら、朝と同じコースで散歩をしていると、朝と同じ様な場所で、朝に会った同じ人物と思われる中学生が、同じ恰好で座っている。今は春休みも終わって、学校が始まっている時期と思われるのに、一日、砂浜に居た様なので、不審に思い、近づいて、「ずっと、此処に居た様だけど、学校はどうしたの?」と聞くが、顔の表情も変わらず、返事も無い。ドンが中学生の手を舐めると、ドンの頭を撫でて、表情が少し和やかになってきた。私も側に座って、何も喋らずに夕日を眺める。
1時間位して、夕日もすっかりと落ち、急に暗く成ってきたので、「コンテッサ号」に帰る事にしたが、少年が気にかかる。ボストン・バックに学校名のイニシャルが入っていて、ここから大分離れた町の学校名が読み取れる。「帰る家は有るのか?」と聞くと、首を振る。「今日はどうするのか?」と聞くと、やっぱり首を振る。「泊まる所は有るのか?」と聞くと、首を振る。置いては行けないので、「一緒に来るか?」と聞くと、首を振りも頷きもしない。無理やり連れて行く訳にもいかないので、少年から離れると、ドンが、口で少年の服の裾を引っ張り、しょうがないという様にトボトボと歩いてくる。そのまま、「コンテッサ号」まで歩く。「ま、取り合えず入って。」と、「コンテッサ号」に少年を招き入れる。
夕食の支度をしながら、話を聞こうとするが、何の返事もしない。野菜炒めと御飯の食事も少年は食べ残す。食後のコーヒーを飲みながら、小さく、バッハの曲をかけ、少年には、コーラを勧め、話を聞くと、暫くして、やっと口を開き、「死にに来たんだ」と言う。家出をして来た様だ。こういう時は、なにもかも話させ、聞いてやるのが良いのだが、それ以上話そうとしない。時間を掛けて話を聞くしかないので、執拗には聞くことは辞める。少年の家人は心配しているで有ろうから、連絡をしなくてはならないが、住所も電話番号も喋らない。夜も更けてきたので、寝る事にして、ソファーをベットにして、少年を眠らせる。
2時間位して、少年が寝入ったのを見て、少年の持っていた、ボストン・バックを探り、電話番号と名前の入った、ノートを見つける。ドンに少年の番をさせ、「コンテッサ号」から音をさせないように出て、マウンテン・バイクで500M程離れた公衆電話に急ぎ、少年の家に電話する。12時過ぎの時間だったが、すぐに電話がつながり、「斉藤ですが、」と、男の声。「そちらに栄一君という中学生が居ますか?」と聞くと、「今は居ないが、栄一は家の子です。どのような用ですか?」というので、その家の子供に違いない様なので、「琵琶湖畔の海水浴場の駐車場にきている旅の者ですが、栄一君が浜に居て、泊まる所が無いというので、私のキャンピング・カーに来てもらって、今は寝ています。家出をしてきた様子なので、夜遅く、失礼とは思いながらも電話させて貰いました。」「え、栄一は無事なんですね。警察に電話しょうかと思っていた所だったんです。すぐに迎えに行きますので、場所は何処ですか?」と言うので、「栄一君ももう寝ていますし、明日の朝、迎えに来てはいかがでしょう。」と、場所を説明する。
「コンテッサ号」に戻ると、少年が起きていて、ドンの頭を撫でていた。小父さん、何処へ行っていたのかというので、海へおしっこをしに行ったと言うと、納得して、眠れないと言う。話を聞く、絶好の機会なので、FMラジオを静かにかけ、リラックスさせる為、山中湖のドンの活躍を面白可笑しく話し、少年が喋るきっかけを作る。「どうして死ぬ気になったの?」と聞くと、暫くの沈黙の後、学校が嫌になったと言う。勉強が嫌に成ったのかと聞くと、同級生からお金を取られて、それだけではなく、苛められるのだと言う。学校の先生に、苛められていると、報告に行ったが、同じグループの仲間と見られているらしく、取り合って呉れず、クラスの同級生に友達が居ないので、助けて呉れる人が居なかったらしい。お小遣いだけでは足らず、家のお金を持ち出していじめのグループに渡していたと言う。その金額も、どんどんとエスカレートして、最初は千円単位だったのが、万円単位のお金を要求され、出さないと、どんな苛めに逢うか判らなくなってきたと言う。家では苛められている事を話そうとしても、まさか本当に苛められているとは思っていない様で、そんな事在る訳無いと、頭から信じて貰えなかったので、学校に行く位なら、死ぬ方が楽だろうと、電車に乗って、琵琶湖に来たとポツリ・ポツリと話して呉れた。
このまま、栄一君を家に帰して、学校に苛めの為に家出をしたと訴えても、学校としては、対外的に、学校内でいじめが有ったと言う事実を公表せず、ナァナァで済まして、苛めの対策をせず、栄一君が今後も苛められる事も考えられる。苛められる方は、それだけの精神の弱さを持っていて、栄一君の様に、弱々しい学生が的に成ってしまう。家で過保護に育って、兄弟が無くて、競争心が少なく、親が何でも好きな様に与えてしまっている場合、中学生位になると、孤立して、苛めの対象に成ってしまうのだと思う。栄一君の為に、一肌ぬぐつもりになってきた。
栄一君の両親が迎えに来るまで夜通し話し、父親に2人だけで話しが有ると、「コンテッサ号」で栄一君の今後について話す。このまま、家に帰しても、栄一君の為にはならない事、もし良ければ、栄一君の精神力を強くする為、一緒に旅行をして、何でも自分で出来る様に鍛えるつもりだと話すと、考える時間が欲しいと言う。取り合えず、家に戻るという事で、住所を教えて貰い、2〜3日したら行く事にして、両親と一緒に栄一君は帰って行った。
2日程、どうしたら、栄一君の精神力を強化出来るかを考える。戸塚ヨット・スクールの様なヨットの練習に依る、スパルタ式の− 又は、一緒に肉体労働をして、体を鍛えながら、精神も鍛える− いずれにせよ、大事な斉藤さんの息子を預かるのだから、下手な事は出来ない。でも、気負って、何やかんや考えるよりも、旅行を通して、自然体で人生の良さ、人間に出来る事をじっくりと教えるのも良いのでは無いかと、考えが落ち着いてくる。学校の勉強だけが人生では無いと勘づかせるだけで良いのではないかと。
宮津市の斉藤さんの家に向かう。天の橋立ての近くの町に住んでいて、立派な門構えの家で、両親共、医者をしていて、栄一君は一人っ子で有った。学校に苛めの訴えをしたが、そんな筈は無いと、取り合って貰えず、両親は息子の為に、来年の3月末まで休学届けを出し、私に栄一君を任す事に決めたと、応接室で話して呉れた。ついては、栄一の生活費ということでと、月に幾ら必要かと聞くので、それでは、栄一君の為にはならない、自分の生活費は自分で稼がせるつもりです。と答えると、納得して呉れた。
栄一君と、彼の着替えだけが入った、バック1つを「コンテッサ号」に積み、ドンの指定席が助手席の後ろの、人1人が寝られるスペースになっている場所に変更となり、出発となる。
海岸沿いの道を鳥取に向かう。途中、有料道路に入り、山陰の海岸の美しさを充分に感じ、鳥取砂丘へ。日の暮れ掛かった砂丘の美しさは、昼間よりも何倍も神秘的に美しい。
国道沿いのレストランに入って、夕食として、出ようとすると、アルバイト募集のポスターが目に付いた。レストランに戻って、話しを聞くと、皿洗いと、運転手の募集をしていると言う。丁度良いので、暫く2人で働く事に決める。私は働く必要は無いが、1人ボヤッとしていてもしょうがないので、時給1000円で出前や買い出しの車の運転として明日から朝9時〜夜8時の間、栄一君は皿洗いで同じ時間働く事に。「コンテッサ号」はレストランの裏の空き地に停める。約1か月、ドンの散歩を栄一君と一緒に、6〜7時にした後、午前中はコック長と材料の買い出しと、オーナーの車の運転手であちこち回ったりして、午後からは、出張パーティーが有る場合は料理をワゴン車に積んで運んだり、お客さんの送り迎えをしたりの毎日となる。8時以降も仕事が有るので、大体、店の閉店の10時過ぎまでいたので、店の定休日の火曜以外は殆ど何処にも行けなかった。
オーナーが30才ちょっと出た位の独身の女性で、店が終わってから、オーナーの自宅まで車で送っていた。働き出して、10日過ぎた頃、何時もの様にオーナーを自宅に送り、帰ろうとすると、コーヒーでも飲んでいかない?と。独り暮らしにしては大きい家に、どんな暮らしをしているのかと興味が有ったので、入る。コーヒーは出てこなくて、変わりにブランディーが出てきて、運転の事が頭をかすめたが、どうにでもなれと、美人のオーナーと飲む。ドンとの旅行の話しに興味を持ってくれて、時間の経つのも忘れる。栄一君の事もすっかり忘れ、酔って良い気持ちになり、オーナーがぴったりと寄り添って来たのも何時もの事の様になり、そのまま寝室に入り、官能の世界へ。
朝、明るくなってからも官能の世界の続きをし、昼に迎えに来ることにして、一旦「コンテッサ号」に帰る。栄一君がドンの散歩をしていてくれた。栄一君が何処に行っていたのかと責めないのが、辛い。朝食を作り、食べる。昼と夜はレストランで食べるので、「コンテッサ号」で食べるのは朝だけ。
いつものように材料の買い出しから料理長と帰ってくると、店の前にベンツが停まっていて、店に入ると、着ているものはちゃんとした背広だが、ガラの悪そうな男が3人、オーナーを囲んで声高に話している。材料をキッチンに入れながら、聞いていると(もっとも、声が大きいので自然と耳に入ってくるが)、店を壊されたくなかったら、すなおに売って、出ていくことだ、とか言っている。返事は1週間以内にして貰うから、よく考えておいてくれ。と言って、3人は店から出ていった。
いつもほどの元気が無いオーナーであったが、3人組の素性を聞くには阻まれる雰囲気に包まれているので、店が終わるまでは、いつも通りで過ぎ、いつも通りにオーナーを自宅に送って行く途中で、車の中で、今日までのいきさつを話し始めた。
オーナーが独身なので、街を仕切っている、暴力団の組長に惚れられ、オーナーが拒否している内に組長の経営している不動産会社がいつのまにかレストランの借りていた土地の所有者と成っていて、組長の愛人にならなきゃ、土地を明け渡せと嫌がらせをしてきていて、今日のような事が何度も有ったとのことで、どうしたら良いかと聞いてくる。
オーナーの自宅に着いたので、続きを聞く事になり、オーナーの自宅へ。相談する人がいなかったので、レストランを止めようかと思っていたとの事。土地の借用代が急に上がって、払うのにギリギリとのこと。明日、交渉に行くことになっているので、一緒に行って貰えないかと言う。
次の日、10時頃、オーナーの自宅に寄り、組長の家に。高い塀に囲まれた屋敷に入る。応接間に案内され、しばらく待たされた後、和服を着た組長が現れる。話が膠着状態の合間に、応接室に飾ってあった額に入った写真を見ると、目の前の組長と一緒に、見たことのある人が写っている。娘が事故に会い、私が助けて、親父さんの会社に何カ月か居て、会社の立直しをした、あの親父さんで有る。関係を聞くと、肉親以上の舎弟だと言う。その舎弟の為なら、命も惜しくないと言う。親父さんは今はかたぎになっているが、昔は、ある組で目の前の組長と一緒に兄弟以上の関係だったとのこと。私と親父さんの関係を話すと、親父さんの知り合いならば、わしとも兄弟だ。その関係ある人を困らせるわけにはいかない、今回の事は無かったことにして、白紙に戻す。と言ってくれる。
(未完)